「自由」という言葉の裏にある2つの罠

あなたが「自由」と聞いたとき
どんなイメージが浮かぶでしょうか。

自由に憧れる人は多く
自由に生きてる人を見て羨んだり
自分と比較して落ち込んだり。

「自由」という言葉の持つ響きには
どこまでも広がるような開放感や
他者が受ける憧れや嫉妬も含めて
とても強いエネルギーを感じます。

私自身、会社員時代は
自由に旅をしたい…
自由にいろんな所に住みたい…
自由に働きたい…
自由に生きたい…と
ものすごく「自由」を求めていました。

今考えると組織の一員であることに
不自由さや窮屈さを感じていたので
その反動で「自由に生きる」ことを
全力で求めていた気がします。

世界一周をしたり
組織を抜け出し自分のペースで
自分の好きな仕事をしたり
今は当時求めた自由を得たように思います。

実際に自由を手にして気づきが2つあります。

まずは
自由と寂しさは紙一重。ということ

自由って響きはカッコいいのですが
「自分に由る」ということ。
無制限・無制約を手に入れることは
誰か(何か)と一緒だったり
組織に属するということを選ばなくなり
一匹狼のような生き方になりがちに。

一人も気軽で大好きですが
時々一人であることが寂しくなります。
「会社の人達と○○に行くんです〜」
なんて聞くと仲間っていいなぁと思ったり。
あんなに所属が窮屈だったのに
ないものねだりで天邪鬼ですね。笑

知人の成功している経営者が
「社長は孤独だ。誰も前に居ない。
だれも道を教えてくれない」
と言っているのを思い出しました。

自由と寂しさは表裏一体で
自由だけを得ることは
できないんだろうと思います。

旅もそうですが戻る場所があるからこそ
自由は楽しく眩しいのでしょうね。

 

そして2つめは
自由って実はかなり怖い。ということ

私たちが受けてきた教育は
幼稚園→小学校→中学校→高校と
レールが用意されています。

なので無意識に進めばいい方向も
やるべきこともわかるのです。

でも自由となるとそうはいきません。
道も標識もない。右左も上下もない。
真っ白なキャンバスが広がっているだけ。

自由になって気づいたのは
自分をしっかり持っていない人は
「自由」という罠に
飲みこまれやすいということ。

一体何をしたいのか
何を手に入れたいのか
どこにいきたいのか
誰と進みたいのか
どのようにしてどう描いていくのか。

ブレない自分軸がない人は
自由すぎると怖くなります。
どこに行ったらいいのか
なにをしたらいいのか
まったくわからないから。

ある意味不自由な方が
気楽なことは沢山あります。
制限はあるけど守られていたり。

そして自由の先に必ずある
<自分で全責任をとる>までを
ひっくるめての自由なのです。

自由×寂しさと同じように
自由×責任もまた表裏一体。

「自由になろうぜ!」的な
ギラギラ系・キラキラ系ビジネスが
ものすごく増えてる印象ですが
そういうことを生業にする方には
自由の裏側にあるリスクまで
きちんと伝えてほしいなと思います。

自由と自己責任を選ぶか
不自由だけど守られる安心感を選ぶか。

何を選んで何を選ばないのかも
その人その人の「自由」なのです。

自由という響きに惑わされずに
悔いのない選択をしたいですね。

ではでは♡

関連記事

  1. 今日という日は帰らない

  2. 20年前と変わらない大好きなお店で幸せランチ|チロル@山形市…

  3. 自分軸とは

  4. 自分のことがわからないあなたへ

  5. 人の文句・批判・悪口を言う人の本質

  6. 初ファスティング